シコウ錯誤の日々

ナル(4歳男児)とトモ(2歳男児)のハザードレベルを上げるために日々奮闘中。

「子供に寄り添う」 理想と現実

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わくわくサマー奮闘記 

長男ナルの幼稚園が夏休みに突入して、何かとうまくいかない。

マコの負担軽減のために、夏休み中も希望者を対象にした『わくわくサマー』という預かり保育制度を利用する予定だったのだが、ナルが行きたがらないのである。

 

行きたがらない理由は幾つかあるようだ。

いつも一緒に遊んでいる友人がいない事。

各クラス10名程度の利用者のため、年少、年中、年長の縦割りで同じクラスとして一緒に遊ぶシステム。

普段とは違う教室、机、ロッカー等に困惑。

信頼する担任のアユミ先生が必ず居るわけではない事。

 

このあたりが、ナルと幼稚園の先生からのヒアリングで少しずつ明らかになってきた。

 

園の方でも色々配慮していただいてくれるのだが、やはり根本的にナルの気持ちは「行きたくない」なのである。

 

 

同じ園に通っている、マコのママ友の娘さんもわくわくサマーにはあまり行きたがっていないらしい。

どうにか通ってはいるのだが、やはり嫌々通っているようである。

その様子を見て、ママ友さんの旦那さんが「可哀想だ・・・ 無理に行かせなくても」と言って、夫婦喧嘩になったりもしたらしい。

「簡単に言うけど、私一人で子供を見るのがどれだけ大変だと思ってるのよ!」

うーむ、難しい。

 

 

テリトリー

4歳を前にして、ナルを観察していると相変わらず内弁慶傾向である。

始めて行く場所、会う人、する遊び、何かと積極的に関わっていくことが難しい。

「これであってる?」

手順やらルールを都度確認して、正解じゃないと不安になる。

この辺りの姿はかつての私の姿であり、少しだけ胸が締め付けられる感じもする。

 

ナルは幼稚園が嫌なわけではないのだろう。

家が好きすぎるのだ。

自分が安心できる領域、テリトリーが狭いのである。

 

 

さて、子供に目線を合わせる、子供の気持ちの寄り添うをモットーにする我が夫婦も、今回の事態には何かと頭を悩ませている。

夫婦でも色々と話し合っているのだが、現状、ナルには我慢して幼稚園に行ってもらっている。

 

私も土日にたっぷりナルトモの相手をしているので、ワンオペで2人と遊ぶきつさは夫婦で十分共有されている。

マコの体調もあまりよろしくない。(風邪+ぎっくり腰)

次男トモの体調もあまりよろしくない。(風邪→中耳炎)

そんな事情もあり、是非行って欲しいのだが・・・

 

 

毎日、夕方ぐらいになると、ナルは「あした、ようちえん おやすみしたい」そんなことを言い始める。

頑張って幼稚園に通ったら、誕生日は9月だけど、それより早く誕生日プレゼントが貰えるよ!(ビルドドライバー)

頑張って通ったら、毎日フルボトルセットが貰えるよ!(1個400円)

こんな感じで、色々とニンジンをぶら下げてみたりもした。

  

とりあえず、交渉やら説得やらを重ねながら、一日置きにでも通ってくれればなぁ、そんなことを考えていた。

 

 

なぜだと思う?

日曜日の夕方、ナルはいつものように「あした、ようちえんおやすみしたい」と言い出した。

「うん、お話は聞いておくよ。明日になったら先生とお話ししようね」

いつものようにマコはそう言ってなだめる。 

 

君の意見は分かったよ。

あとは、色々と調整してみるよ。

だから、今は幼稚園のことは考えないで。

明日の朝、考えよう。

 

 

その後、風呂上りにさてそろそろ寝るか!と歯磨きをした後の事だった。

「あ! きょうはアメたべてなかったよ! アメ たべていい?」

ナルが私にそんなことを言い出した。

「えー、もうダメよ~ なぜだと思う?」

がんばってないから? ようちえん おやすみして がんばってないから?

「違うよ!もう、歯磨きしちゃったからだよ!!」

その言葉にドキッとした。

心にザクッと刺さった。

 

 

僕は頑張ってないから。

頑張ってないから、飴を貰えない。

そんなことを思わせてしまった。

 

 

こうあって欲しい。

こうあるべきである。

そんな大人の事情。

 

こうしたい。

こうしたくない。

そんな子供の気持ち。

 

『体操教室に行きたくない騒動』に続いて、再びそれらが真っ向からぶつかる形となった。

  

www.shikousakugodays.net

 

 

子供に寄り添う

現在のところ、ナルは『わくわくサマー』については、お休みを続けている。

行かなくても良いよと伝えると、嬉しそうにはしゃぎ、テンションも上がる。

親としては複雑な心境でその様子を見守っているところだ。

 

 

親をやるのは難しい。

親にも事情があり、意図がある。

過去を振り返って、辛く困難だった経験が自分を成長させたことがあるのを認めざるを得ない部分は確かに有る。

その成長を、そのプロセスを、子供たちにどこまで求めるべきなのか。

 

大人として、親として、子供に成長を求める。

それは当然のことだ。

独り立ちさせること。

独り立ちできるように育ててやること。

自分達親が死んだ後に、子供達だけで生きていけるだけの力を授けてやらねばならないというのは、親の義務だと思っている。 

 

だが、親の幸福と子供の幸福は違う。

少し焦り過ぎていたかなと反省する。 

私は頑張ったナルを認めてやる必要があり、頑張れなかったナルを認めてやる必要もあるのだ。 

 

私は幼稚園に通おうとしないナルを認めることが出来ていただろうか。 

結果にとらわれて、ナルの気持ちをないがしろにしていなかっただろうか。

手段方法にとらわれて、ナルの気持ちをないがしろにしていなかっただろうか。 

私はナルに寄り添えていただろうか。

 

安易に解決を求めすぎていたな、と思う。

マコの負担を減らすために、取れる手段は他にもあるのだ。

私が早く帰宅したり、帰宅してから家事をもっとやったり。

ある意味でナルだけに負担をかけ過ぎだった。

 

 

しかし、前回は『体操教室』、今回は『わくわくサマー』といういわばオプション的な部分での「行きたくない」だったから対応できた。

だが、「幼稚園行きたくない」「学校に行きたくない」って言い出したらどうしたもんかねぇ。

どこまで子供に寄り添えるのか。

どこまで子供に寄り添うべきなのか。

その理想と現実。

 

これからも、その理想と現実の折衝は続いていく。

しっかり向き合わねばならんなと思う。

問題にではなく、子供達に。